に投稿 コメントを残す

自給自足に挑戦するパン屋に出会う ①

栃木県の茂木町にぶらりドライブ。
山間に小さなこの村にパン屋さんを見つけた。
雑穀農家さんが営む古民家のおしゃればパン屋。
このお店の夫婦はこの小さな村に移り住み自給自足にチャレンジしているということで彼らの生活をのぞいてみた。

Motegi Town in Tochigi Prefecture is a tiny village surrounded by mountains. I drove there and found this unique family running Bakery. Everything they make is hand made and home grown grains. They say they are trying to live self sustainable life there. I stayed with them for a few days to experience and glimpse their life.



★雑穀農家のパンと宿 月noco
https://kimijimay.wixsite.com/tsukino…

★アクターズチャンネルのHP | Official website
https://wishhouse.net/

監督:速水雄輔 | DIRECTOR : YUSUKE HAYAMIZU
http://tokyocinemaunion.jp/yusuke-hay…

ACTRS CHANNEL https://www.facebook.com/actrschannel/

に投稿 コメントを残す

修験道を体験する

山伏と歩く霊山 “飯縄山”

修験道は日本独特の宗教と言われています。
霊山を歩き、山岳で修行をすることで自然の霊力を身につけ、それを人々に与えるのが山伏の役割と言われていたそうです。

今回は修験道・山伏の体験として長野県・飯縄山(いいずな)を登ります。

飯縄山

山登りの道中には13の仏が祀られています。
山は神の領域とされ、人間界である俗界から神の世界に入り登っていくのです。
その道中に13の仏の像を見ることが出来ます。
13の仏は人間の死から13回行われる法要を象徴します。
13の仏に守られ、導かれ、故人は極楽浄土に成仏するとされているからです。


一三仏

仏様は順番に:

1 不動明王尊-ふどうみょうおうそん/初七日-しょなのか・・・(行者守護、悪魔退散、除災招福)

亡くなった人は、遠い冥界へ旅立つ覚悟もまだ不十分です。残された者もその人の死を認められず、現世への未練が残っている時期。

死後の世界へと旅立たなければならない者が、再び現世に未練を持たないように不動明王尊の持つ右手の剣で迷いを切り払い、左手の縄は迷いの信者を縛って救いとり、 冥界へと引き込む役目をしています。

2 釈迦如来-しゃかにょらい/二七日-ふたなのか・・・(仏智悟入)

実在の人物。全ての人々を救うための仏として存在しています。 そのために葬儀のときにあわてて戒律を授けなければならぬ者、修行をしていない者に冥界への旅立ちに際して、仏教の祖である釈迦如来が祖の本来の教えを説いて下さります。

3 文殊菩薩-もんじゅぼさつ/三七日-みなぬか・・・(智恵、天変地異、降状)

知恵の仏さま。釈迦が前世で子供時代に教えを受けた仏と言われる。釈迦如来を中心とし両脇侍に、文殊菩薩、普賢菩薩としてこれを”釈迦三尊仏”といい、この釈迦三尊仏が二七日から三七日を経て四七日迄の間に、 仏教徒として身につけるべきことを教え込んでくださいます。

4 普賢菩薩-ふげんぼさつ/四七日-しぬなのか・・・(仏智悟入、滅罪、大根清浄)

悲門を司る、情を担当する仏さま。女性的なやさしい表情をしています。 たくさんの功徳を備えていて、私たちの煩悩を打ち砕き悟りの世界へと導きます。

5 地蔵菩薩-じぞうぼさつ/五七日-ごしちにち・・・(滅罪、先亡成仏、無仏時代の守護)

釈迦の入滅後から弥勒菩薩が現れるまでの間、人々を救うための救世主です。

四七日まで冥界への旅をしてきた亡き人が、六道へ落ちてしまった時に地蔵菩薩が救いの手を差し伸べ極楽浄土へ導いて下さいます。

6 弥勒菩薩-みろくぼさつ/六七日-むなのか・・・(未来の救済)

弥勒の力と如来の力を併せ持って、人々を救ってくれると信じられています。

弥勒菩薩には釈迦の入滅した56億7000万年後に、釈迦に代わってこの世を救う「未来仏」としての役割があります。

7 薬師如来-やくしにょらい/七七日-しちしちにち・・・(四九日)

四九日で現世とのつながりが終わります。次の世界までは完全に入れない中間の道中の苦しみを乗り越え、極楽浄土への道を歩むための薬を与えて下さいます。

8 観世音菩薩-かんぜおんぼさつ/百ヶ日・・・(除災滅罪、施餓鬼本尊)

観音様は三十三に身を変え慈悲の面で亡き人を救います。阿弥陀如来まで導いて下さいます。

9 勢至菩薩-せいしぼさつ/一周忌・・・(往生浄土、滅罪)

無限の光明と知恵によって、人々の苦しみを取り除くために努められています。

10 阿弥陀如来-あみだにょらい/三回忌・・・(往生浄土、敬愛)

阿弥陀とは「無量寿」「無量光」という言葉のサンスクリット語を訳したもの。寿命は限りなく、阿弥陀さまの光はあらゆる国々や人々を照らして下さいます。

四八の誓願の一つに「阿弥陀如来を信じる者は、みな極楽浄土へ往生させる」があります。

11 阿閦如来-あしゅくにょらい/七回忌

発菩提心、悟りをめざす心をおこすことを意味する。

発心を託す強い力を持った阿門さまが着ている衣を握っているのはその決意の強さを表しています。

12 大日如来-だいにちにょらい/十三回忌~二七回忌・・・(一切成就、即身成仏)

別名は、昆盧流遮那如来とも言われ、天地あらゆる者、宇宙生命そのものの仏さまで太陽の様に輝いていることから、大日如来と名付けられています。

これまで導いて下さった十一人の仏さまに(不動明王尊・釈迦如来・文殊菩薩・普賢菩薩・地蔵菩薩・弥勒菩薩・薬師如来・観世音菩薩・勢至菩薩・阿弥陀如来・阿閦如来) によって教え導かれどれだけ悟りが深まっているかを観て下さり、その上にさらに導いて下さいます。

13 虚空蔵菩薩-こくうぞうぼさつ/三十三回忌・・・(仏智悟入、福徳)

虚空(天界・法界)のような蔵(知恵・功徳)を持ち合わせ、広大ではかり知れないお力ですばらしい記憶力と知恵を表す剣を持ち、左手には福徳を表す蓮華の上に宝球をのせて持っています。 どんな人にも仏さまになれる仏性があることを虚空蔵菩薩が教えて導いて下さり涅槃へ到着できるのです。

のらのら修験道

のらのら修験道 聖地巡礼 〜飯縄山〜地域文化を知り、自然、神仏と繋がり、縁を結ぶ。
地域の恵みの食材をいただき、自然とのつながりを確認する。

★主催:古民家cafe&farm stayのらのら 築150年の古民家を再生し、古民家を拠点に衰退していた農村エリアに里山コミュニティを産み出した。農業体験、自然体験、宿泊の提供など積極的に行なっている。リンゴ園を所有しシードル作りで注目されている。
Norah Norah is a 150 year old Japanese House renovated and became a community in a desolated, depopulated rural Nagano Village, revitalizing the whole area. The house provides farming experience and accommodation. Their speciality is making apple cidre as they own apple orchard.

https://www.facebook.com/CafeNorah
https://www.norah-norah-farm.com/blank

古民家Cafeのらのらでは、のらのら修験道として飯縄山や戸隠での山伏体験や座禅会など随時開催予定です。体験ご希望の方はメールにてお問い合わせください。
If you are interested in attending the walk please contact Cafe Norah Norah. Details below.

(norah.resort@gmail.com)

に投稿 コメントを残す

狩猟ライフ③ | 命をいただく

※鹿の解体の写真を含んでいます。苦手な方は観覧をお控えください。

鹿の解体

鹿の胸にナイフを刺し意識が遠のいていく様子を優しい眼差しで見つめる川辺さん。最後までしっかりと見届ける…

私はふと周囲を見渡した。山と海。一つの命が儚く終わる。海も空も青々とし、風はそよぎ、静かに時は進んでいた。

車を走らせた先は “DEER BASEしかまる”
ここで解体を行う。

DEER BASEしかまるの代表である高山広次さんが笑顔で川辺さんを迎える。
長身で屈強な体格の男。にっこり笑う高山さんには山の男と言える深いシワが刻まれている。余談だが靴のサイズは31センチだそうだ。

解体は待ったなし。すぐに始まる。
まるで先ほどまで生きていた生命とは思えないほどのスムーズでまるで機械のような精密さで解体は進む。

天井から吊るされた鹿の皮を剥ぎ取り、手を切断し、内臓を全て出す。まるで手術のオペ室にいるような感覚にさえなる。センチメントの入る隙間はない。

常に笑顔の高山さん。何を想い彼はこの仕事を続けるのか…

高山さんが本音をこぼす。
「この仕事を一人で黙々とやっていると本当に深いところに落ちてしまいそうで危険だ。そうならないように維持することが大事なんだ」

笑顔の陰には、高山さんの長年の経験からくる狩猟の厳しさの知恵があったのだ…

生命をいただくこと、に慣れてはいけない。慣れてしまえる。慣れてしまったら何かが違った方向に行ってしまう。そのギリギリを維持し続ける。

そこに私は人間として深いシンパシーを抱かずにはいられない。そして肉を食すること、までのプロセスがいかに過酷であり人間的であるかを知った。

高山さんも鈴木忠治さんのお弟子さんだったそうだ。高山さんは今は解体業に専念し狩猟には行かないそうだ。川辺さんの持っていたナイフの長さを「もう少し長いほうがいいね」というときに彼の目は猟師の目だったように思う。それでも彼は笑顔を絶やさない。

自然の生態系の変化

川辺さんが鈴木忠治さんとの面会をセットアップしてくださった。鈴木さんは噂とは想像もつかないほど温厚で物静かな方だった。きっと現場では厳しい方なんだろう。

鹿が増えてしまったことを語り始めた。短い時間で、詳細までは伺えなかったので後日改めて映画撮影でうかがいたいと思う。

日本オオカミの絶滅は鹿の大量発生に大きな影響を及ぼしたようだ。そして杉の木を植林した、植林政策の時代のお話を伺った。そのことが日本全国で発生し、山の生態系を大きく変えてしまった。

話は土砂崩れが起こる原因にまで及んだ。自然に根を張った木でないと土は弱い。鹿が木の葉や実を食べ尽くし動物の生態系にも異変が起こる。やがて食糧難になった鹿が人口が減少し過疎化した村へ山から降りてくる。

これからのライフスタイル

話を伺っていると、これは鹿の話ではなくこれからの日本人の話のように感じさえした。食料を求め人はこれからどう生きるのか?

新型コロナで多くの職が奪われ、今何をすれば良いのか?多くの日本人が考える時代に突入した。そもそも自分たちの築き上げた価値とは何だったのか?

都会での仕事に心を燃焼させた人々が本当の生きる充足感を求めている。生きるための衣食住の知恵や知識、経験を持たなくなった我々人間が次に向くべきは、稼ぐために働くことではなく、生きる充足感のためではないだろうか?

川辺さんは今、害獣の単なる駆除のための狩猟ではなく新しい未来を開拓しようとしている。自然界と人間界の共生、循環を見据えている。

後継者不足の狩猟の世界で、不思議なことに銃の免許会場にはミーハーな参加者が溢れている。つまり狩猟免許、ライフル銃の免許を欲して参加するものが数多くいるのだが、生態系維持や循環、生活のために猟師をやる志のあるものはまだまだ少ないのだ。

川辺さんは自身の猟師小屋 “白狼塾”で自分が現場で学んだノウハウを伝えることで猟師になるための具体的な道筋を作っている。試験会場でライセンスをとっても猟師になれるわけじゃない。

これから猟師になろうと思う者たちに狩猟のノウハウや、移住して生活として成り立つまでの流れを伝えていきたいと語っていた。

全ては行動から始まるのだ。

に投稿 コメントを残す

SATOYAMA LIFE

長野県飯綱町。

小さな集落で古民家カフェ&民泊&シェアファームをしている一人の女性、高野さん。

この町に新しいコミュニティを作ろうと奮闘している。

僕は高野さんの活動に興味を持ち会いに行った。

高野さんは東京と長野の2拠点生活をしている。

ここ数年、地元で採れる林檎を使ってシードルを作る活動も始めた。

なぜこのようなコミュニティ作りの活動を始めたのか?

この場所は夫の実家だった。

150年の古民家を継ぐものはいなかった。

林檎農家もやっていたがそれもやめてしまうという話を聞いた高野さんはこの場所で林檎の栽培を次ぐことに。

農業経験のない彼女にとっては過酷な生活だった。

夫が海外に仕事でいない3年間は一人で全てこなした。

ノイローゼになるかもしれないと思うほど過酷だったそうだ。

この日はコミュニティに参加する仲間と出会うことができた。

古民家の隣は改装しシェアハウスになっていた。

仲間たちは家賃を払う代わりに農作業や山林の管理、シードル作りの手伝いをしている。

そんな生き方もあるのかと僕は感動した。

お金だけではない人と人の能力や技術の共有で生活が成り立つ社会。そんな社会を垣間見た。

高野さんはシードル作りの経緯を語り始めた…

そこには自然と人が共生することへの想いがあったのだ…

★古民家cafe&farm stayのらのら

宿泊の予約、農業体験、カフェでの食事、お問い合わせはこちら:

のらのらのfacebookページ

norah.resort@gmail.com

TEL 026-253-2920

に投稿 コメントを残す

脱サラ さつまいも農家

僕の友人、間瀬くんがいつの間にか脱サラしてさつまいも農家になっていた。

日本語も中国語もできる優秀な男が、茨城県の子の小さなまちで、なんでこんな生活を選んだのか?

サラリーマン時代のある日、間瀬くんはこんな生き方でいいのか?そう思うようになった。

言われた通りにやっていれば、そこそこに器用に生きられる。

確かに間瀬くんはどちらかといえば優等生で器用な男だった。

でも間瀬くんは35歳の時、自分は本当は何もできない人間なんじゃないか?そう思うようになっていた。

自分の力で生きてみたい。

そう思った。

彼は、衰退する地方をなんとかサポートして人の役に立ちたいと思うようになった。

自分の力で生きて、自分の力を人の役に立てたいと思うようになった。

移住した茨城県常陸大宮市(ひたちおおみや)はさつまいもづくりで知られていた。

元々は農家民泊をやる予定だったけれど、それをするには自分が農業を知らないといけないと思ったのだ。

そこで始めたさつまいもの栽培。

さつまいも農家になって初めて農業を知り、それをどう町、地域の活性化につなげて行くか?

間瀬くんはようやくスタートラインに立った。

に投稿 コメントを残す

狩猟ライフ② | 生きること、食べること

※狩猟の写真を含んでいます。苦手な方は観覧をお控えください。

伊豆のオオカミ “鈴木忠治”

都会に暮らしていると、レストランなどで携帯片手に食べている皿の中身も見ずに口にかきこんでいる人たちをよく目にする。何かが壊れている。

生きること、食すること、命を育てること、命をいただくこと…
肉や野菜を育てる方たちと、それを消費するだけの人間の間で静かなギャップが生まれて、それは限りなく大きなものへと変化した。それが消費社会が生んだ利便性の代償なのか?それだけじゃないはずだ。人から感覚を奪ったのだ。これだけものがあふれる国、なのに年間自殺者の異常な数、幸福度指数が低い。人が求めるものは明らかに物質や情報ではない…

川辺さんは鈴木忠治さんの元で狩猟を学んだ。鈴木さんは静岡県田方猟友会会長で西伊豆小下田で老舗の釣り船店「とび島丸」を営んでいる。海と山のプロフェッショナルだ。

川辺さんは都会からこの町へ移住し、獣害について知る。

鹿が大量に発生することで農作物への被害が拡大していること。山の草木が食べ尽くされ、山の自然形態のバランスが脅かされていること。そして猟師の高齢化や人手不足。猟犬を育てる人間や環境の不足…

日本全体が高齢化や経済の停滞で苦しい。都市集中によるアンバランス、地方の高齢化や過疎化、農業従事者不足。

それは皆んな、なんとなく知っている。

しかし実際にこの町に来て、現状を目の当たりにした。

猟師がいなければ山の自然のバランスを守れない。つまり農作物への影響も増えてくる。全てが追い打ちをかけるように加速していく。

鈴木忠治さんの技術を継承していくといったらおこがましいが、しかし川辺さんの中には猟師としてのミッションが芽生えたのかもしれない…

そして私は川辺さんについて罠を見に山へ車を走らせた…

狩猟

罠には一匹の鹿がかかっていた。数日前にもここで何頭か捕獲されていた。罠のかけてある場所は鹿の歩く通り道。そして山のふもとには農家さんの営む畑がある。

仕事がはじまる。

罠にかかった鹿の頭にスコップのような棒で容赦ない一撃を食らわせる。

間髪を入れず意識がとびかけている鹿の首のした、胸を特殊なナイフで刺し心臓を一撃し切り裂く。

プロの仕事は早い。

死んでいく鹿を見つめる川辺さん夫妻の表情はどことなく切なく優しい。
バタバタ暴れていた生き物がフッと静かに息絶える…
命を奪うとはこういうことなのだ!はっとさせられた。

猟はファッションじゃない。格好いいものじゃないし、何かたくましい男達だけの栄光の話でも勲章でもない。本来の生きるもの全ての日常なのだ…

私たちはこれから “生きていくこと” とどう向き合っていくのか?
今までのような消費社会の中で食の根元に目を背ける在り方で地球と共生していけるのだろうか?

川辺さんは銃を使わない。手に持ったナイフで直接命を絶つ。それには理由がある。鹿を殺して捨てるのではなく、頂いた命を何かに還元したい。そういう思いから鹿肉を加工して良質なドッグフードとして販売を始めたのだ。

新鮮な鹿肉を活かすためには狩猟のスピードは必須だ。夫妻は重たい鹿を山から引きづり下ろす。枝、草木、岩で覆われた山肌を下ろす。

想像を絶するほど重労働だった…

ソリのような道具に鹿を乗せ滑らせる。それでも簡単には行かない。
川辺さんは「まだ小さいほうだ」というのだが…

夫妻は車に鹿を積み込む。アクセルを踏む。
鹿の解体所に車を走らせるのだった。

に投稿 コメントを残す

狩猟ライフ ① | 生きること、殺すこと

仕事のあり方、生活のあり方、が問われるターニングポイントにきている。突然仕事がストップし、生活が厳しくなり、今まで築き上げてきたものは何だったのか?何のためにがむしゃらに働いてきたのか?

何をもって生き甲斐なのか。人が生きるということは何なのか?

都心の生活から離れ静岡へ移住、プロの鹿撃ちの猟師として生活する一人の女性、川辺亜希子さん。彼女なぜこの生き方を選んだのか?そして彼女から見える世界とは一体どんなも景色なのか?

出会い

川辺さんを知るきっかけは私の母が切り抜いた新聞記事だった。東京での消費社会、使い捨ての生活に生き甲斐を感じることができなくなった女性の物語が綴られていた。

山で暮らしたいと移住し、そこで鹿狩りを知り、学び、生きた動物を殺し食べるという体験をすることで、命をいただく尊さを体感したのだそうだ。都会にいれば肉は綺麗に加工されスーパーに並べられている。そこから人間の衣食住の食に対するリアリティは生まれてこない。

いや、もしかすると…
目をつぶっていることを私たちが選んだのかもしれない…

私の母はいつも映像作家である私の今後の映画のネタになるようにと、印象的な新聞記事を切り抜き読ませてくれる。それがスタートだった。私はすぐにネットサーチを開始、この記事に関連する情報を調べた。そして川辺さんの活動を知ることになった。

いつか映画にしたいと思った…

そのためには川辺さんの生活を間近で体験しなければ本当に知ることはできないと感じた。そして2泊3日で川辺さんの提供する宿泊施設に泊まりながら活動を体験することになった。

狩猟への目覚め

東京から3時間ほどドライブ。川辺さんの住む小さな海沿いの町に到着した。川辺さんは旦那さんの川辺寿明さんとともに狩猟をフルタイムで行っているかなり稀なライフスタイルをおくっている。

ほとんどの猟師は期間限定で獣害を防ぐ目的で期間限定で狩猟をし、普段は違う仕事をしているものだが、お二人は猟師のプロとして365日活動することを県より認められている。

川辺さんは初めての狩猟体験を語ってくれた。生きた動物を殺し、解体し、調理して食する。食べることができなかったそうだ。生き物の生命を奪い、それを食するということに衝撃を受けた。同時に彼女の中には別の思いが浮かんでもいた。今まで食べてきた肉も生きていた動物たちのものだ。自分たち人間は感覚的に何かが大きくそれてしまったのではないか?

そして川辺さんは生きるということをもう一度見つめ直すことになったのだ。もともと、自然の暮らしに憧れ、自然の多い地へと移住した。そしてそこで彼女は想像以上の体験をしたのだった。

自然は甘くない。しかし故に自然も人もそこで必死に生きようとしていた。美しかった。

昨今、移住やIターンという言葉がよく聞こえるようになってきた。都心での消費生活に疲れた人たちが増えている。または第二の故郷を求めて…

伝統や文化、コミュニティが崩壊していく中、私たちは充足感をどこに向ければ良いのか?高度経済成長の延長でこのままいくことはできないと誰しもが心に抱いているのではないだろうか?

食べるために働いてきた時代から人の意識の中に変化が起こり始めている。

生きる=充足感を何に見出すのか?日本の衣食住が問われている。いや、実践していかなければならない時代が来ている。

川辺さんは移住したこの地で運命的な出会いをする。それは日本でもトップクラスの猟師であり、静岡県では「伊豆のオオカミ」として知られる鈴木忠治さんとの出会いだった。

に投稿 コメントを残す

田んぼが好き | Episode

千葉県のとある小さな町。

そこに移り住んで数年が経つ鈴木知子さん。
田んぼを自分の手で耕して、米を育てています。

「なぜこのようなライフスタイルを選んだのですか?」
「私、田んぼが好きすぎて…」

そんな出会いだった


なんてまっすぐで素敵な言葉

これほどシンプルなものはない。

でも、僕たちはこんなシンプルなことができない人間になってしまってはいないだろうか?そう感じずにはいられないかった。

鈴木さんを紹介してくださったのは写真家の市毛實さん。本質を写真に静かにおさめる繊細なカメラマン。そんな彼の紹介だった。彼の写真には人の根源的な「本質」みたいなものが流れているけれど、好きを生きる鈴木さんにもそれは共通している。

好きを生きるって、自分のマインドに流されていたら、できない。
マインドってロジックであり、ロジックは現代病の「知識」だっていうことは最近ようやく言われ始めている。ネット上も知識同士の攻防戦で尽きない。みんなそれに疲れ始めている。薄々感じてはいた。

でも生きるってこと。それをただただ生きる。素敵だ。

「農業で使うようなマシーナリー(機械)はほとんど使わないんです」
「なぜ?」

その答えに自分が20年映像業界で毒されてきたことがわかる。
なぜなら機械を使わないにはこだわりがあるべきで、それはいわゆるオーガニックとか自然農園とかヘルシーっていうキャッチーで商業的な言葉が頭に浮かぶ。

でも鈴木さんが何で便利で効率的な機械をほとんど使わないで手作業でやるのか?

それはすべての作業が彼女に喜び”JOY”を与えてくれるからだ。

好きな作業を機械に任せますか?

彼女にとってはこの田んぼにいることが生きる喜びを与えてくれる。

予祝
春、田植えが始まる前に、友人や隣人が集まり、豊作を祈り、季節を祝い、語らう。人と人がつながる。

キャッチーな地方創生じゃない。
キャッチーな移住のエピソードでもない。
キャッチーなIターンやUターンでもない。
方法論ではない。政策でもない。

好き生きる。
ここには本当の人と人の繋がりが春を迎えはじめていた

EPISODE 2

田んぼ、土いじりが好きすぎて「お米を育てる」を生活の中心においた。

それでも生活はなんとかなった。

百姓は複数の仕事を生業にして生きてきた。そんなことを聞いた。

一つの仕事だけを、それも家賃を払うためだけに働くような生き方を考え、たどり着いた。

一生懸命会社のために働いていた時とは全く違う時間の流れ。

地元の農家や友人の仕事を手伝い、いくつかの収入源を確保した。

今日は苗代に苗床を作る。

苗代は、お米の苗を育てるための小さな田んぼ。

そこに苗床といってドロをこんもりと作り、水面ギリギリにしたところにタネを巻く。

昔ながらのやり方だ。

土を何度も耕してきめの細かい泥にして行く。

ここにタネをまいて苗を育てたら、苗を摘んで、隣の田んぼに植え替える。

仕事と思えば大変かもしれない。

でも鈴木さんにとっては、生活の中に人と人とのつながりを感じるために必要なプロセス。

今度仲間たちが種まきの手伝いにくる。

そこで育てたお米をみんなと食べたい。彼女はそう語る。

EPISODE 3

4月、種まきに集まる仲間たち。

種まきをしたことがない人も、この体験を待ち望んでいた。

この田んぼの広さがあれば一人が食べるだけのコメの量が収穫できるそうだ。

苗代の水は冷たくて気持ちいい。

長靴を脱いで素足で入る人も…

タネを蒔いたら、ローラーで泥の中に軽く押し付ける。

お米ってタネなんだ!

よくよく考えるとなんだかすごい!

芽がでるのか?みんなワクワクしながら数週間後を待つ。

EPISODE 4

5月末、田植えの季節…

苗たちはしっかりと育っていた。

鈴木さんが一番大変と言っていた苗とりの作業。

仲間たちが再び集まる。

炎天下の中作業が始まる。

一本一本の苗をドロから引っこ抜く。なるべく根っこを切らないように。

デリケートな作業。

ドロを落として束にする。

余計な雑草もこの時選別する。

翌日、田植えのお手伝いに20人近くの仲間が集まった。

この小さな町に田んぼを通じてコミュニティができつつあるのかもしれない。