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子供に学ぶ脳の仕組み Day3 <関わりあう>

人間の機能をしっかり理解することで初めて人間はその本当の力を発揮できます。
人生に起こる様々な現象はなぜ起こるのか?という根本的なことを理解する。
人生の仕組み<Mechanics of Life>について1週間学んだ。

インナーエンジニアリング3日目ですが、どうやらここまででだいぶ人間の本質的な機能については学べたようです。

関わり合い続けることを実は人間はやり続けている。
関わり合いたいという状態が実はデフォルトである。

人間嫌いと言っている人もその主張を外に分かるようにするのは、本質的に自分の状態を人に知ってもらいたい、繋がっていたいというところから来るそうです。決しておかしなことではないのです。

関わり・INVOLVEMENTから生まれるもの
本質的に人は関わりたい、関わろう、と思っているのに生存本能が優先されると区別したり分別したりして関わりを断とうと動き出します。

その相反する、矛盾する行動が自分自身を葛藤させ苦しめています。

もし生存本能を脇に置いて物事を経験できたなら?
関わり合うことを徹底的にやったらどうなる?

次の感情が勝手に沸き起こるそうです。
やる気、いとわない気持ち・WILLINGNESS

やる気、いとわない気持ち・WILLINGNESS
この人間の状態の事を「LIVING CONSCIOUSLY = 意識的に生きている」というそうです。
ちゃんと関われば自然とその人やその環境につくしたくなるというのです。

僕はこれを聞いてどきっとしました。

昔、黒澤明監督が若者から「好きなこと・やりたいことが見つからない、どうしたら良いですか?」と質問されたのですがその時に黒澤監督はこう答えました。「やりたいことは見つけるんじゃなくて、何かを一生懸命やると、自然と夢中になるんだ」っというのです。

何かに一生懸命打ち込むとは関わるということじゃないですかまさに!!!
関われば関わるだけ夢中になるし、好きになっていくんですよね。まさにそうだった。

僕も映画・演劇人をサポートする団体を8年以上運営してきて、若者によく似たような相談をされました。
いつも黒澤監督の言葉を伝えていたけど、それがこういうことだったんだと繋がった。

やりたいことや好きなことが見つからないって言っている相談者の共通点は、何にもちゃんと打ち込んでいないことだった…誰かに頼まれたから、とか、親の言いなりになりたくなかったから、とか、何か理由をつけては、ある活動や人にがっつり関わろうとせず、生存本おうで区別・分別してなるべく小さな労力で最大の効果を得ようとしている。そういう経済になっちゃったのかもしれない。ゴール主義というか…本当は体験そのものに価値があるのに…

赤ちゃん & 子供
彼らはあらゆる物事に全力で取り組みます。笑ったり泣いたり、小さなことに感動し夢中になる。

なぜそうなっているのか?

僕はその理由をずっと勘違いしていました。
赤ちゃんは知識や経験がなく、何も知らないからなんでも驚きなんだって、単純に思っていました。
でも違った。

大人だって知らないことが世の中たくさんあるけどそこに関心を向けない。

赤ちゃんにとっては全ての物事が「INVOLVEMENT = 関わり合い」の中に属している。

赤ちゃんはそのことを素直に理解している。

もっと簡単にいうと、自分と世界を区別していないのです。全ての事象が自分と関わり合っている、自分ごとであるのです。

例えば自分の庭に不審者が夜中に侵入したらどうでしょうか?人ごとに感じるでしょうか?感じないことでしょう。
しかし隣町に不審者が入ったらどうでしょう?
隣の県に不審者が出たらどうでしょうか?
遠い別の国で同じ事件が置いたらどうでしょうか?
あなたの関わりはどんどん薄れていきます。関わりが薄れるということは無関心、無感情に繋がります。

人間は大人に成長する過程で「サバイバル本能」を重視して大人になる傾向が強く、どうしても物事を区別する必要が出てくるためこのようなことが起こります。それはそれで大切なことではあるのですが、人間にはもっと素晴らしい能力が備わっています。

いかに「INVOLVEMENT = 関わり合い」の意識を無理なく維持できるか、がポイント。

「INVOLVEMENT = 関わり合い」は「WILLINGNESS = やる気、いとわないでやる気持ち」に直結しています。関わり合いの気持ち、繋がっているという実感があると人はその相手や物事に対して無償の慈愛をもって接することが自動的にできます。それは相手が自分自身と捉えるからです。そこに駆け引きは存在しません。
これが「LIVING CONSCIOUSLY = 意識的に生きている」ということです。

「LIVING CONSCIOUSLY = 意識的に生きている」の先に

欧米では「RESPONSIBILITY = 責任」という解釈が現代では主流です。社会的な責任、社会的な拘束や束縛や制限。でも本来はその解釈は間違っているとサドグルさんはおっしゃっていました。

「RESPONSE = 返答する、返信する、リアクションする」「BILITY = ABILITY = 能力がある」
つまり「RESPONSIBILITY = 物事に対してリアクションを取ることができる能力 」というのが本来の意味であるといっています。

人や物事に常に100%の気持ちでリアクションできるとは、感情移入ができるということです。それはまさに赤ちゃんや子供のもっている素晴らしい能力です。これが自動的に発動し始めます。
例えば人間には2つの肺がある。一つは自分。もう一つは自分の体の外に広がる全宇宙です。
これを本当に感じることができれば、簡単に自然を犯すことは辞めるはずです。地球、または宇宙が自分の一部であり、自分もまた特別な存在ではなく宇宙の一部であり、その中でとても特別な役割をしっかりと果たしているからです。環境問題を学ぶ必要はないんです。このたった一つのシンプルな事実を感じることができたら人は自ずと自然を大切にする。

「RESPONSIBILITY = 物事に対してリアクションを取ることができる能力 」には制限がありません。いくらでも広がっていける可能性を秘めている。

それに対して私たちが日々重視している、時にしすぎてしまうのが「ACTION = 行動」です。
行動はできない場合が多い。場所や能力の制限によって行動へ移せないことがある。
しかし「RESPONSIBILITY」は意識です。自分が関わっている、自分の一部だと思えればその慈愛がしっかりと他者へと広がります。

ではその反対は何か?Day1でも書いた、衝動性(Compulsiveness)です。
多くの人は「無意識」で衝動的に生きている場合が多い。それは自分が自分の脳みそから出てくる指令を重大に受け止めすぎてしまうためです。しかし本来は、それはそれ、なのです。
脳が自分(意識)に向けて発している信号にすぎず、脳は自分(意識)ではないのです。

Day1は「脳みその癖」について学びましたが、脳みそは過去の体験の蓄積から、自動的に答えを導き出したがるのです。でも過去の体験は、本人が見た目線で解釈したもので、かなり偏っています。そんな曖昧な過去のイメージです。

サドグル先生は知識や知恵(=過去の体験、未来予測の能力)をもはや ”体験” とは呼ばず、”印象” と言っています。過去の体験は印象として脳に焼き付けられるからです。

サバイバル本能は区別、差別争いをうむものでもある。サバイバル本能の使い方を知らないまま私たちは普段サバイバル本能(衝動 Compulsiveness)を重視しすぎて生きてしまいがち。これでは猿や犬と同じ状態。

脳は知識ではあるけれど知性ではない、正確ではない、つまりあまり真に受けないことが大事です。

だいぶ色々飲み込めてきました…

今日もお疲れ様でした。

続く

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