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大人と子ども一緒にどろんこ田植え🌾

約1ヶ月かけて、山から流れる沢の水を使っての、水路や溜め池づくり。

田んぼの土づくりに種まき&予祝を経て、ようやく田植えができそうです!!

6月5日(土) 6日(日) 12日(土) 13日(日)

2週にかけてイベント開催する予定ですが、その前後に泥んこ遊びしたり、猪よけの竹柵を作ったり🐗古民家再生のための大掃除など。

お手伝いしてくださるかたを募集しております。

子どもたちは蛙取りを楽しんだり、イモリや沢蟹を見つけたり、野原や川で一日過ごせます🐸

前回好評だった、お釜で炊くご飯もやりたいなあ🍚

【イベント内容】
茨城県常陸大宮市にて見つけた、古民家WISH HOUSE。

その隣の耕作放棄地だった場所を再び田んぼとして蘇らせ、自然農をベースに本当に豊かな生態系を取り戻す。

【日程】
6月2日(水)

 9:00 代掻き(泥んこ遊びをしながら土づくり)
 12:30 お食事
 14:00 竹柵づくり🐗
 18:00 お食事&お風呂

3日(木)
 9:00 古民家再生(大掃除)
 12:30 お食事
 14:00 古民家再生(大掃除)
 18:00 お食事&お風呂

4日(金)
 9:00 苗取り
 12:30 お食事
 14:00 代掻きや竹柵など
 18:00 お食事&お風呂

5日(土)
 9:00 田植え🌾
 12:30 お釜ごはん(予定)
 14:00 田植え🌾
 18:00 お食事&お風呂

6日(日)
 9:00 田植え🌾
 12:30 お釜ごはん(予定)
 15:00 東京へ(池袋までの送迎可能)

12日(土)
 9:00 田植え🌾
 12:30 お釜ごはん(予定)
 14:00 田植え🌾
 18:00 お食事&お風呂

13日(日)
 9:00 田植え🌾
 12:30 お釜ごはん(予定)
 15:00 東京へ(池袋までの送迎可能)

※時間は目安で天候や進行具合によって、内容が変更になる場合があります。
※最寄りの常陸大宮駅、またはバス停からの送迎にも対応しますので、ご相談ください。
※途中参加や、午前だけor午後だけの参加など。地元のかたで、顔だけ出したいというかたも大丈夫ですので、お気軽にご相談ください。
※子どもとの体験を大切にしたいので、お子さま連れの参加も大歓迎です。

【料金】
参加費:大人 1日500円
    高校生以下のお子さま 無料
宿泊費はかかりません:(近くに宿泊できるお家を借りています)

ボランティアで参加してくださるかたも募集しております。(一度参加したことがあるかた)

※食事や入浴料などは料金に含まれていないので、各自現地にてお支払いいただきます。
※詳しい場所は、お申し込み時にお伝えいたします。
※保険の加入をする場合は、各自手配お願いいたします。

【申し込み方法】
mail:wishhouse.toi@gmail.com
下記項目を記載のうえ、メールにてお申し込みください。
①氏名(ふりがな)
②年齢(生年月日)
③性別
④参加人数(追加の参加者氏名・年齢・性別)
⑤参加日あるいは参加時間帯
⑥電話番号
⑦メールアドレス
⑧ご紹介者(もしくはどこで知りましたか?)
⑨メッセージ(もしあれば)

【お問い合わせ】
tel:070-8392-3119
mail:wishhouse.toi@gmail.com

【公式HP】
ACTRS channel:https://wishhouse.net/

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WISH HOUSEで水脈&田んぼを作ろう!4/29〜5/5

WISH HOUSEは自然体験・農業体験などを気楽に行える古民家コミュニティです!

ゴールデンウィーク期間4月29日〜5月5日に田んぼ作りを行います!
途中参加や1日参加も全然OK!

第一回目の4月17日〜18日には自然体験ツアーを行いました!
沢山のキッズたちの参加もあり嬉しかぎり。
その時に古民家周辺を散策!

田んぼと水脈の使用許可をいただきワクワクからさめないまま東京へ戻りました!

2回目の今回、田んぼの土をおこしていきます。1年のブランクしかない耕作放棄地なので土がしっかりしていました!

内容はざっくり
①水をひく作業(ため池作り、水路作り)
②田んぼ作り
③イノシシ対策用の柵を電柵ではなく、地元の竹で作る作業
④種まき

現地集合や途中参加、午前だけor午後だけの参加や自由行動もできますので、お気軽にご相談ください。
時間は目安で、参加者の声や意見を取り入れながら変更になる可能性があります。
お子さまとの参加も、大歓迎です。

【料金】
参加費:大人 2,000円
    ご家族での参加は2人目 半額(1,000円)
    高校生以下のお子さま 無料

【 送迎と宿泊が必要ない方や全日参加できない方】
    大人一律1,000円
    ご家族での参加は2人目 半額(500円)
    高校生以下のお子さま 無料    
    
宿泊費:全員無料(近くに宿泊できるお家を借りています)

※食事や入浴料などは料金に含まれていないので、各自現地にてお支払いいただきます。
※詳しい場所は、お申し込み時にお伝えいたします。
※保険の加入をする場合は、各自手配お願いいたします。

【申し込み方法】
mail:wishhouse.toi@gmail.com

下記項目を記載のうえ、メールにてお申し込みください。
①氏名(ふりがな)
②年齢(生年月日)
③性別
④参加人数(追加の参加者氏名・年齢・性別)
⑤電話番号
⑥メールアドレス
⑦ご紹介者(もしくはどこで知りましたか?)
⑧メッセージ(もしあれば)

【お問い合わせ】
mail:wishhouse.toi@gmail.com

【公式HP】
ACTRS channel:https://wishhouse.net/

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古民家&田畑の再生🌳自然を感じる自由なツアーin茨城(4月17日18日)

この度、茨城県常陸大宮市にて再生可能な古民家が見つかりました!

まだ手付かずの状態ですが、囲炉裏や薪風呂、ロフトがある古民家まわりを散策します。

使われていなかった畑を耕したり、たけのこ狩りや山菜採りなど、土に触れて自然のなかで、2日間過ごします。

また、隣の田んぼを無農薬栽培のお米のプロに視察してもらい、湧き水を活用しての稲作方法などをアドバイスいただきます。(こちらは日時調整中)

17日(土)だけの参加、18日(日)だけの参加。現地集合や途中参加、中抜けや自由行動もできますので、お気軽にご相談ください。

時間は目安で、参加者の声や意見を取り入れながら変更になる可能性があります。

お子さまとの参加も、大歓迎です。

画像1
【日程】4月17日(土)
09:00 東京出発(ワゴン車)
12:00 WISH HOUSEの散策(茨城県常陸大宮市の古民家)
13:30 お昼休憩
15:00 WISH HOUSEの土を耕す
18:00 お食事&銭湯
20:00 近くの仮宿泊施設へ

4月18日(日)
08:00 朝食
09:00 たけのこ狩り(仮宿泊施設の竹林に生えていたら)
11:00 WISH HOUSEの散策
   (田んぼの視察や水脈づくりのワークショップを企画中)
13:00 お昼休憩
16:00 常陸大宮市を出発
   (東京に18時ころ戻れるように考えています)

※食事や入浴料などは料金に含まれていないので、各自現地にてお支払いいただきます。
※詳しい場所は、お申し込み時にお伝えいたします。

【料金】
参加費:大人 1000円(スポット参加の場合は応相談)
    ご家族での参加は2人目 500円
    お子さま 無料
宿泊費:無料(近くに宿泊できるお家を借りています)

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【イベント内容】
今回は単純にWISH HOUSEの見学と、土を耕すだけですが。自然に触れながら過ごす時間、感じる時間をただ単に共有することを大切にしたく。

そこから生まれそうなものがもしあれば、可能性をいっしょに探求してみたいと思っております。

たくさんの方のご意見とご協力が、WISH HOUSEのカタチになります。

今回はだれもが気軽に参加ができるよう、東京からのツアー形式にしましたが。

どちらか1日だけの参加だったり、地元のかたでちょっと顔だけ出したいという方でも大丈夫ですので。

ぜひぜひ、ふらっと遊びに来てみてください。

【申し込み方法】
mail:wishhouse.toi@gmail.com
下記項目を記載のうえ、メールにてお申し込みください。
①氏名(ふりがな)
②年齢(生年月日)
③性別
④参加人数(追加の参加者氏名・年齢・性別)
⑤電話番号
⑥メールアドレス
⑦ご紹介者(もしくはどこで知りましたか?)
⑧メッセージ(もしあれば)

【お問い合わせ】
tel:070-8392-3119
mail:wishhouse.toi@gmail.com

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意識は宇宙と同じで広がる! Day7 < Layers of Mind>

7日目の最終日は正直あまり新しいことを学ぶということはなく、今まで学んだことのリキャップ・振り返りでした。

人生を、世界を「Make it Yours!」自分で創れ。というメッセージをいただいた。

今日という1日を愛に溢れた、喜びに溢れた1日にできるのは僕自身だって…

TODAY I CREATE LOVING WORLD
この言葉を毎日自分自身に向けること。

意識を深めるって実はすごくシンプル。

・自分の過去の経験にとらわれないこと
 なぜならそれはかなり限られた過去におこった出来事を、過去の経験から解釈したものに過ぎないから
 脳はそれを勝手にやってしまうから暴走しちゃう。それは生存本能だから仕方ないけど、それに一喜一憂
 したり他者に攻撃や反撃で返す必要はない。

・今この瞬間を100%生きる
 呼吸一つで自分と世界が肺をわかち合っているのがわかる。自分が世界とは別物ではなく、自分自身も
 世界であり、自分が気が付いていないだけですでにとても役に立っている。慌てず、今をじっくり感じる
 ことからはじまる。

・そうすると自分と他者といった区別・差別の意識が少しづつなくなっていく。みんな結局繋がっている。
 それは偶然ではない。ちゃんと宇宙の歯車の中に人間がある。人と自分、自然と自分の間の境界線が
 なくなると、自然に、全て人ごとではなく自分ごとになる。自分ごとになると人や自然も大切にできる。
 自然に関わろうとする意識が芽生える。対立意識がなくなる。

・つまり自分が自分自身や他者や自然に対してDEVOTION・献身するに繋がっていく。DEVOTIONは
 WILLINGNESS・意欲、そのものである。それは脳のサバイバル本能から解放された本来の人間に与え
 られた能力=TRUTH真理 で生きること。正義は人を対立させる、真実・真理は宇宙のサイクルの中に
 ある人間の素晴らしい能力をちゃんと発揮することだし、それは人間が進化していく過程で少しずつ
 広まっている。あとはそれを僕がやるか?次の世代に任せてしまうか?それの選択肢は僕らにある。

僕はそれがわかってしまった以上、探究心から、自分自身でそれをやって生きたいと思うようになった。

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意識は宇宙と同じで広がる! Day6 < EXPLORE>

人間と動物の決定的違いについては学べました。
簡単にいてしまえばサバイバル本能だけで生きることをやめるってことです。
衝動や過去の経験や知識に溺れないってことです。

6日目の学びで大きかったこと。
それは人間にはそもそもサバイバルと真逆の「冒険心、探究心」があるということです。

動物は常にサバイバルを満たす生き方を模索します。生存のために必要なものを揃えることに必死です。
それそのものが目的になっています。

人間はどうでしょう?
家や食べ物がなければ必死でそれを求めて幸せを勝ち取ろうとします。
では家や食べ物が十分に確保されたら幸せになるのでしょうか?それどころか人間は今までの何倍も満たされない心をもってしまいます。それが人間の本質です。
サバイバルが満たされた瞬間から人間はむしろ今までの何倍もの苦悩を抱え込んでしまう。

さらに先を求めてしまう。
これは僕うの学んだヨーガでは「わがまま」とか「悪い意味でのエゴ」とは捉えません。
単純に人間も宇宙もそうなんだ・ひろがろうひろがろうとしているのだ、ということです。
意識そのものもどんどん深める=広げることができると言われています。

人間が夢を描き夢に向かっていくことは本来人間に与えられた天命ともいえるでしょう。
その状態になって初めて人間の本来の機能が発揮されるそうです。

しかしその時僕たちの脳がサバイバル本能がすべてであるかのように錯覚して生きていては叶いません。

人は広がろうとする冒険心・探究心がある。それはサバイバルと真反対です。なんの根拠もなくても、どんなにリスクが高くても、危険でもそこへ向かって生きたいと思えるのです。

下記の4つのレイヤーも学びました。

⑴ PURE INTELLIGENCE 知性 <チッタ・意識>
⑵ MEMORY 記憶 <マノス>
⑶ IDENTITY <自我>
⑷ INTELLECT <知識>

ほとんどの現代人は⑵を学校で教育され、本を暗記し知識を蓄積する。または過去の経験を重要視しすぎてその経験=知識としてしまう。 それらを元に⑶IDENTITYを形成してしまいがち。 IDENTITYを持つことっていいことだと思って生きてきました。でもいい悪いではなく、これに固執したらアウトだなぁと学んだ。IDENTITYはあるグループに所属している意識や、他者と自分の違いを決めつけて対立を必然的に産みます。これは⑷の知識を元に戦いは続きます。これらの流れはすべてサバイバルの受動的・衝動的なものです。
それの枠の外に存在しているのが⑴というわけです。ONENESSです。
ONENESSになるためには自分のIGNORANCE無知を受け入れることが一番の近道らしい。自分はあまり知らない、という考えを持つと人は知らないことを知りたいという探究心へと導かれます。知ったつもりになって自分の知っていることを重要視しすぎると、知らない世界への興味がわかず成長しなくなります。

僕は日本人であることや日本文化の素晴らしさに目を向けてきたのですが、それは多彩で多種多様であるから目を向けていたはずなのに、いつの間にかその「クラブに所属すること」自体に価値を起きすぎて、文化や伝統、国籍に縛られて他者や自分に優劣をつけてきたのかもしれません。

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意識には階層がある Day5 < Layers of Mind>

人間が普段生きている中で「意識・Consciousness」を深めることが大切であることが分かってきたのですが意識の階層についても学びました。大きく分けて4つの階層がるそうです。

⑴ CONSICOUSNESS 意識
日常では平均的な一般人であれば生活の中で2%-3%しか活用されていない領域。

⑵ SUB CONSCIOUSNESS 潜在意識

⑶ UNCONSCIOUSNESS 無意識
意識と潜在意識を決定づけるレイヤーです。

⑷ COLELCTIVE UNCONSCIOUSNESS 集団的無意識

それからこの日学んだのは、体験と人の経験についてです。
人はどうやって物事を認識するのか?に結びつくものです。

⑴ Cognition 認知  >(ある現象を受ける)
⑵ Recognition 認識 >(ある現象を認識する)
⑶ Sensation 感じる >(その現象を感じる)
⑷ Reaction 区別(好き嫌い)

⑴〜⑶まではオートマチックに発生します。

以前カルマ=行動、ということを学んだんですが、どうも同じ行動パターンや思考パターンに陥ると同じ間違いを人間は繰り返しますが、「繰り返し=REPETITON」そのものは宇宙全体が常にこの繰り返しを原則として行なっているのでごくごく自然なことではあるそうです。

ただ、人はそこに意識を持つことで、繰り返しをたつことも可能です。⑷が完全にサバイバル本能で受動的であればきっと同じことが繰り返されてしまうのですが意識を深めることで⑷の結果を違う方向に持っていくことも可能です。

ヨーガ・ヴェーダでは「My Life is My doing = Karma」と言います。
「自分の起こした行動が自分の人生そのものだ = カルマ」です。

受動的かつ衝動的なサバイバル脳の言いなりになって生き続けると、人生は自分の行動で決定ずけられない!と言い張りたくなるのですが、ヨーガが言わんとするのはそこではないのです。

自分の身に起こることは自分でコントロールできないことは事実ですが、その時に自分がそれをどう感じて、どういうリアクションをとるか?は完全にあなた自身に委ねられています。それをあなたは自分の脳=自分自身と思い込み、過去の体験、それもかなり限られて偏った価値観によって解釈された価値観によって心身共に振り回されるのか?それともそんな脳みそを真に受けず、違った思考を選ぶことができます。

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今と向き合えないから苦しむ Day4 < 現実逃避>

どうしても知識に頼ってしまうのは人間の「サバイバル・生存本能」だと言うことがわかってきました。
生存するために物事を区別したり差別したりする。それはそれなりに機能と役割がある。

しかし人間にはそれ以上に大きいポテンシャルがある。それがインテリジェンス・知性。

インテリジェンス・知性は、サバイバル・知識と特に違った部分が、過去の記憶に頼らないところだそうです。インテリジェンスは記憶力ではないと言うことです。

インテリジェンスはコアを実感として感じ、理解すること、そこには「ACCEPTANCE・受け入れ」の気持ちが必然的に芽生えます。そして「UNIFY・一つになる」と言う意識が生まれます。

自分自身もそうですが、人と会話をしたり関わったりする時に、自分や他者をどうやって自分自身が見ているか?これが大事。

自分、または他者はもしかするとサバイバル本能、衝動的な生き方をしている可能性があります。それはその人間がまだ自分自身が生きている本質的な領域に到達していないことを示します。

僕は以前人付き合いでうまくいかない時や、人が自分を攻撃する時に、それはその人間が僕に向けて何かを発信している、と解釈し、それによって相手を判断していました。僕自身がサバイバル本能で相手や自分を見ていたからです。

でも実際は自分も相手も衝動的、受動的な選択、解釈をしていただけです。
悪意があると感じた相手はもしかすると、その人間本人ではなく、その人間が過去の体験から衝動的に行動していることを理解していなかったのです。その人間自体はどこか別のところにちゃんと存在しているのですがその人間自身がそれを理解していない。

つまり、自分自身とは意識そのもので、自分自身は脳みそではないんです。自分が脳を如何に使いこなすかが重要であるはずなのにいつしか人間は脳=自分、だと勘違いを起こして、脳の発信する感情や価値観こそが自分自身なのだと思い込み人や自分を区別し、差別し、戦っているんです。

意識を深めると言うことは、ONENESS、UNION、つまり一つになるとう事ですが、それはどう言う意味なのか?簡単にまとめて見ました。

僕たちは自分自身の意識が自分であるか、または自分の脳が自分であるか、どちらかだったとしても、「現実・リアリティ」と言うものを常に感じて、そこに重要性をおきます。

でもリアリティには「EXPERIENTIAL REALITY」と「MIND REALITY」つまり体験としての現実と脳みそが考える現実、がります。

脳みそは過去の経験則から「これが今起こっている現実だ!」とかなり偏った物の見方を押し付けてきます。
すぐに判断を煽ります。

しかし体験としての現実とは、「今この瞬間!が避けられない今なんだ」と言うことを感じると言うことです。このことを考えた瞬間にそれはすでに過去であり、今をその瞬間瞬間感じることです。それが生きているすべてであると言うことを受け入れる状態を作るのです。それを実感するためにヨガや瞑想があると言うことなんですね。

痛み、苦しみ

痛み「PAIN」は肉体的な痛みというのがあります。怪我や事故、病気で体の一部が損傷したりすることです。この時感じる痛みは脳からでる信号でサバイバル本能に直結しています。生存するためには必要な機能です。瞬時に衝動的に信号を送ります。

しかし現代人のほとんどがこの「PAIN・痛み」と「SUFFERING・苦痛」を混同しています。
そして多くの現代人が抱える問題は後者の「SUFFERING」です。そしてこのSUFFERINGが継続的に続くことで病気になり「PAIN」につながっていきます。

SUFFERINGは人間の過去の経験かた記憶を元に価値観を定義してその価値観にそぐわないものが出た時に苦しみとなります。トラウマという言い方をする方がいると思いますが、それは脳が過去の記憶から導き出した結論をあなたに押し付けているのです。

こういうことに左右されないためにヨガや瞑想があります。「自分自身・意識」と「自分の脳・過去の体験」をしっかり別のものとして認識できるようになれば、自分自身は自分の脳に一喜一憂する必要は無くなります。

多くの人が「周囲の環境によって一喜一憂してしまう」それは周囲に起こった出来事を自分の過去の記憶から判断し意味づけをしてしまうからです。これは受動的で受け身です。常に外的環境に支配された生き方です。

「自分は自分、人は人」または「自分は自分、自分の脳は別」 と思えるようになると受動的な視点から一脱することができるのではないでしょうか。

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子供に学ぶ脳の仕組み Day3 <関わりあう>

人間の機能をしっかり理解することで初めて人間はその本当の力を発揮できます。
人生に起こる様々な現象はなぜ起こるのか?という根本的なことを理解する。
人生の仕組み<Mechanics of Life>について1週間学んだ。

インナーエンジニアリング3日目ですが、どうやらここまででだいぶ人間の本質的な機能については学べたようです。

関わり合い続けることを実は人間はやり続けている。
関わり合いたいという状態が実はデフォルトである。

人間嫌いと言っている人もその主張を外に分かるようにするのは、本質的に自分の状態を人に知ってもらいたい、繋がっていたいというところから来るそうです。決しておかしなことではないのです。

関わり・INVOLVEMENTから生まれるもの
本質的に人は関わりたい、関わろう、と思っているのに生存本能が優先されると区別したり分別したりして関わりを断とうと動き出します。

その相反する、矛盾する行動が自分自身を葛藤させ苦しめています。

もし生存本能を脇に置いて物事を経験できたなら?
関わり合うことを徹底的にやったらどうなる?

次の感情が勝手に沸き起こるそうです。
やる気、いとわない気持ち・WILLINGNESS

やる気、いとわない気持ち・WILLINGNESS
この人間の状態の事を「LIVING CONSCIOUSLY = 意識的に生きている」というそうです。
ちゃんと関われば自然とその人やその環境につくしたくなるというのです。

僕はこれを聞いてどきっとしました。

昔、黒澤明監督が若者から「好きなこと・やりたいことが見つからない、どうしたら良いですか?」と質問されたのですがその時に黒澤監督はこう答えました。「やりたいことは見つけるんじゃなくて、何かを一生懸命やると、自然と夢中になるんだ」っというのです。

何かに一生懸命打ち込むとは関わるということじゃないですかまさに!!!
関われば関わるだけ夢中になるし、好きになっていくんですよね。まさにそうだった。

僕も映画・演劇人をサポートする団体を8年以上運営してきて、若者によく似たような相談をされました。
いつも黒澤監督の言葉を伝えていたけど、それがこういうことだったんだと繋がった。

やりたいことや好きなことが見つからないって言っている相談者の共通点は、何にもちゃんと打ち込んでいないことだった…誰かに頼まれたから、とか、親の言いなりになりたくなかったから、とか、何か理由をつけては、ある活動や人にがっつり関わろうとせず、生存本おうで区別・分別してなるべく小さな労力で最大の効果を得ようとしている。そういう経済になっちゃったのかもしれない。ゴール主義というか…本当は体験そのものに価値があるのに…

赤ちゃん & 子供
彼らはあらゆる物事に全力で取り組みます。笑ったり泣いたり、小さなことに感動し夢中になる。

なぜそうなっているのか?

僕はその理由をずっと勘違いしていました。
赤ちゃんは知識や経験がなく、何も知らないからなんでも驚きなんだって、単純に思っていました。
でも違った。

大人だって知らないことが世の中たくさんあるけどそこに関心を向けない。

赤ちゃんにとっては全ての物事が「INVOLVEMENT = 関わり合い」の中に属している。

赤ちゃんはそのことを素直に理解している。

もっと簡単にいうと、自分と世界を区別していないのです。全ての事象が自分と関わり合っている、自分ごとであるのです。

例えば自分の庭に不審者が夜中に侵入したらどうでしょうか?人ごとに感じるでしょうか?感じないことでしょう。
しかし隣町に不審者が入ったらどうでしょう?
隣の県に不審者が出たらどうでしょうか?
遠い別の国で同じ事件が置いたらどうでしょうか?
あなたの関わりはどんどん薄れていきます。関わりが薄れるということは無関心、無感情に繋がります。

人間は大人に成長する過程で「サバイバル本能」を重視して大人になる傾向が強く、どうしても物事を区別する必要が出てくるためこのようなことが起こります。それはそれで大切なことではあるのですが、人間にはもっと素晴らしい能力が備わっています。

いかに「INVOLVEMENT = 関わり合い」の意識を無理なく維持できるか、がポイント。

「INVOLVEMENT = 関わり合い」は「WILLINGNESS = やる気、いとわないでやる気持ち」に直結しています。関わり合いの気持ち、繋がっているという実感があると人はその相手や物事に対して無償の慈愛をもって接することが自動的にできます。それは相手が自分自身と捉えるからです。そこに駆け引きは存在しません。
これが「LIVING CONSCIOUSLY = 意識的に生きている」ということです。

「LIVING CONSCIOUSLY = 意識的に生きている」の先に

欧米では「RESPONSIBILITY = 責任」という解釈が現代では主流です。社会的な責任、社会的な拘束や束縛や制限。でも本来はその解釈は間違っているとサドグルさんはおっしゃっていました。

「RESPONSE = 返答する、返信する、リアクションする」「BILITY = ABILITY = 能力がある」
つまり「RESPONSIBILITY = 物事に対してリアクションを取ることができる能力 」というのが本来の意味であるといっています。

人や物事に常に100%の気持ちでリアクションできるとは、感情移入ができるということです。それはまさに赤ちゃんや子供のもっている素晴らしい能力です。これが自動的に発動し始めます。
例えば人間には2つの肺がある。一つは自分。もう一つは自分の体の外に広がる全宇宙です。
これを本当に感じることができれば、簡単に自然を犯すことは辞めるはずです。地球、または宇宙が自分の一部であり、自分もまた特別な存在ではなく宇宙の一部であり、その中でとても特別な役割をしっかりと果たしているからです。環境問題を学ぶ必要はないんです。このたった一つのシンプルな事実を感じることができたら人は自ずと自然を大切にする。

「RESPONSIBILITY = 物事に対してリアクションを取ることができる能力 」には制限がありません。いくらでも広がっていける可能性を秘めている。

それに対して私たちが日々重視している、時にしすぎてしまうのが「ACTION = 行動」です。
行動はできない場合が多い。場所や能力の制限によって行動へ移せないことがある。
しかし「RESPONSIBILITY」は意識です。自分が関わっている、自分の一部だと思えればその慈愛がしっかりと他者へと広がります。

ではその反対は何か?Day1でも書いた、衝動性(Compulsiveness)です。
多くの人は「無意識」で衝動的に生きている場合が多い。それは自分が自分の脳みそから出てくる指令を重大に受け止めすぎてしまうためです。しかし本来は、それはそれ、なのです。
脳が自分(意識)に向けて発している信号にすぎず、脳は自分(意識)ではないのです。

Day1は「脳みその癖」について学びましたが、脳みそは過去の体験の蓄積から、自動的に答えを導き出したがるのです。でも過去の体験は、本人が見た目線で解釈したもので、かなり偏っています。そんな曖昧な過去のイメージです。

サドグル先生は知識や知恵(=過去の体験、未来予測の能力)をもはや ”体験” とは呼ばず、”印象” と言っています。過去の体験は印象として脳に焼き付けられるからです。

サバイバル本能は区別、差別争いをうむものでもある。サバイバル本能の使い方を知らないまま私たちは普段サバイバル本能(衝動 Compulsiveness)を重視しすぎて生きてしまいがち。これでは猿や犬と同じ状態。

脳は知識ではあるけれど知性ではない、正確ではない、つまりあまり真に受けないことが大事です。

だいぶ色々飲み込めてきました…

今日もお疲れ様でした。

続く

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人の苦悩の仕組み Day 2 <衝動という生存本能>

人生に起こる様々な現象はなぜ起こるのか?という根本的なことを理解する。
人生の仕組み<Mechanics of Life>について1週間学んだ。

2日目のセッションはこうだった…

人は絶えず、あれやこれや考えている。やりたいこと、やりたくないこと、好きなこと、嫌なこと、絶えず考えている。僕もその一人。脳は忙しい!

そんな自分に疲れることはありませんか?

脳は絶え間なく思考を巡らし考える。これは「欲求 DESIRE」です。

対人関係のトラブルも、実は自分の考えるアレコレと相手の考えるアレコレがぶつかって起こっている。自分にやんなっちゃうことがあるのはそういう時。自分にブレーキをかけたいとさえ思う。

欲求:DESIRE
宇宙のあらゆるものがバイブレーションしています。振動しています。
エネルギーは振動を発生させます。人間の脳は素晴らしく、自らエネルギー=振動を起こさせる。
これらは周波数です。改めて考えると、自己生成できるってすごく不思議だしすごい!
欲求はエネルギーそのもの!

欲求の本質は「関わり合い」
人は欲求する。欲する。

なぜだ?
何のためこの機能が備わっているのか?
この機能が実は果たしていることは?目的は?

これ。実は「関わり」です。みなさん気が付いていないかもしれませんが無意識のうちに人は「欲する」というエネルギーを使って「関わり」を築こうとしています。

例え、人と関わりたくない!と引きこもったとしてもその人は自分が「関わりたくないんだ!」ということを誰かに知ってもらわないわけには行かない。

人は常に関わろう、関わりたいとしている。これが本質です。

気がつかなかった!

欲求はエゴやわがまま、と教えられてきたかもしれませんがこれは「欲求」や「人間の本質的機能」を理解しないまま安易に回答を出してしまった場合です。欲することは無意識のうちに関わりを生み出そうとする行為です。

本来、知識は区別や差別を行う機能で分断や闘争に繋がってしまうのですが、欲するは世界と人と関わる、つまり一つになろうとすることなんですって!

僕は長年、知識を重視した教育で全くこういう当たり前のことを理解してこなかった・・・

欲求から起こるトラブル

対人関係のトラブル、コミュニティとのぶつかり合い、これも「欲求」から起こる時があるように見える。
でも、なぜこういったマイナスなことに「欲求」が作用してしまっているのか?

欲求には存在的欲求と精神的欲求とがあります。

肉体的に物理的に人や環境とつながっていたい、または精神的につながっていた。

「繋がる」とは「依存する」こととは全く別のことですがここでは深くは触れないでおきます。
簡単に説明できないのですが一言に言えば「依存」には「記憶と想像」という脳のインテリジェンスを使わねばなりません(ほとんどの人がこのインテリジェンスに90%近く頼って日々生活しています。ここに大きな問題点があるのです)

欲求なのか依存なのかでこれは決まってきます。
では欲求とはそもそも何か?を7日間をかけて解き明かしていかねば・・・

ヨーガの世界では、ほとんどの人間の苦しみは「人間の素晴らしい脳によって作り出される」と言われています。人間の脳は過去の記憶と未来への想像の不安や怒りでいとも簡単にネガティブな状態になることが可能です。

先進国では実際に誰かの捕虜になったり拷問を受けることはないので、ほとんどの苦しみは脳が過去の記憶と未来への想像を働かせて作り上げています。つまり自分を攻撃している根本は自分の優秀な脳のせいなのです。

自分の状態を知る・カルマの原理

人間の存在の状態には2パターンあると言われています。
①衝動的状態 ②意識的状態

衝動的状態について述べます。カルマって言葉を聞いたことがあると思います。インドでは行動とかアクションという意味ですが、何となくみなさんの中では同じことがなんどもなんども繰り返し起こるとか、悪い行いをするとそれがブーメランのように帰ってくるとか、そういう風に捉えている方もいると思います。実はカルマとは衝動的状態のことを言っています。

万物のあらゆるものを理解するとき、本質的な共通点に落とし込まれます。それはあらゆるものがサイクルの中にある。原子も同じ動きをぐるぐるします。エネルギーも同じようにぐるぐるします。地球もぐるぐるを繰り返します。海の満ち引きもです。女性の生理もぐるぐる繰り返されます。あらゆるバイブレーション:周波数はぐるぐるを繰り返します。衝動的状態とは全く自然な状態であり、衝動的な思考や感情や行動もぐるぐると繰り返し起こります。これは無意識のうちにおこってしまいます。ですからほとんどの人は「嫌な経験や思い、または失敗」をしたくないにも関わらず繰り返し同じようなミステイクをしてしまいます。それは無意識のうちに衝動的状態で行動しているからです。ちなみに思考も行動です。つまり衝動的状態=サイクルを繰り返すことです。

それに対し、意識的状態というのは衝動的状態を俯瞰して見ていられる状態のことです。

苦悩の本質
人間が他の動物に究極に異なる点をヨーガではこう説明しています。

動物と人間にはサバイバル本能が備わっているが、人間だけが探究心という広がり続けたいと思う欲求を持っている。

探究心は生命の危険を顧みない、過去の経験や知識、未来予測とは無縁の状態です。

サバイバル本能とはまさに生き残るための生存本能。肉体的、精神的、社会的に生き残ろうとします。ポジションどりやマウントはこのサバイバル本能が機能したときに起こります。ですから生き残ろうとする素晴らしい力を発揮する反面、理論武装した喧嘩や言い合いが発生する。

まさにサバイバル本能は衝動的状態の脳によってコントロールされています。

サバイバル本能は過去に学び未来を予測しぐるぐるぐるぐると同じことを繰り返す癖を持っています。

人間は知識や経験が他者よりも優れた自分を作り出すと思いこむ、競争本能に狩られてしまう。
これはそう言った教育が特に先進国で勧められた背景もあるらしいです。学校の勉強や塾、受験は知識と経験に依存した衝動的な生き方に結びつきやすいからです。

サバイバル本能の限界
この素晴らしい機能を脳が果たすために脳はあることをします。それは「区別」することです。「これは自分のもの」「これは人のもの」「これは好き」「これは嫌い」「彼は友人」「彼女は他人」などです。これは生活をまともに送るために必要な機能です。

しかしこの機能だけに依存して生きて行くということは、例えば、自分に関係ないと決めた人や事象について完全に無慈悲、無関心になれるということです。

サバイバル本能の弱点は、外的要因への依存度が高いこと。
全てが外的要因に依存した生き方になってしまいます。社会、生活、上司、友人、家族の言動に左右され(実際には自分の脳が左右しているのですが)て四苦八苦します。調子のいい日もあれば悪い日が突然外的要因によって発生します。

実は脳科学の世界ではブルース・リプトン教授という方もおっしゃっていますが、無意識で起こす行動とは=衝動的状態=サバイバル本能で、人間の状態はほっておけば日中ほぼ8割か9割を衝動的・サバイバル本能で生きています。人間のツラをした猿と言ってもいいかもしれません。

ですので同じミスや苦悩を味わう確率が高くなる一方で、幸せや安定した状態が少なくなる。ストレスを多く抱えてしまうのは衝動的状態(カルマ=行動のパターン化)があなたの1日の大半を締めているから。

脳科学の研究によれば人は7歳までは起きた状態でもシータ波という状態で活動します。成人では睡眠時にシータ波になります。幼少期はあらゆる経験(情報)を無意識にインプットし7歳以降はその情報を元に無意識に行動するようになるのです。ですから人間が同じミスを犯す原因は幼少期の7歳までに無意識に脳が学んだ方程式で行動し続けるからです。経験を積んでも、未来予測ができるようになっても本質的な思考パターンが同じシナップスを経由して、うまくいかないということです。ですからこのことを理解し、衝動的状態の割合をいかに減らしていけるか?がポイントになってきます。

探究心をもつ
人は他の動物と違い探究心があります。命やリスクをかえりみない。別にそれは命の危険などネガティブなイメージのものだけではなく、無条件に何かに捧げてしまう、関わってしまう、などです。この機能はほとんどの一般の人が日常では使えなくなっています。教育や先進国の社会ルールがそうしてしまっている要因の一つとも言われています。

無条件で何かに捧げる、ためにはサバリバル本能の機能「区別する」ことを辞めた時にだけ発生します。「区別」の反対側にあるのが「関わり」です。

最初に「欲求の本質」は「関わりあうこと」と書きました。
まさにこれです!つまり「境界線がない」ので全てが自分ごとです!

本来の上質な欲求は人間にだけ(少なくとも地球上では)与えられた能力です。
素晴らしい能力です!

探究心はゴール主義、目的主義ではない、ただの探究心です。あるゴールや目的に向かっているのではないのです。

究極、人とはそういう探究心を持っている…というか備わってるの。

人は月に行こうとします。なぜでっしょうか?
では想像してください。月に行けたら満足しますか?しません。人はさらに先へ行こうとします。月というゴールは通過点でしかない。人は精神的に欲することを続けます。

是非赤ちゃんを観察してください。シータ波で生きています。彼らは境界線がないので全てが自分ごとです

笑うときも泣くときも全力100%なのです。一瞬で友達も作れますし、一瞬で他の赤ちゃんのおもちゃが自分のおもちゃになってしまうのです。人間は大人になる過程でサバイバルを学ばなければならず、備わっていた素晴らしい「境界線を持たない意識」をどこかに埋もれさせてきてしまいます。

そこに気がつくことで、あなたの苦悩の原因はあなたのせいでも他人のせいでもなく、脳の素晴らしい機能であることがわかると思います。

深呼吸してまずは少し自分を認めてあげる、採点しない。そこからやってみたら良いのかもしれませんね。

2日目もかなりお腹いっぱいです…

リラックスしましょう!

続く

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脳の癖を知る Day 1 <欲望>

人生に起こる様々な現象はなぜ起こるのか?という根本的なことを理解する。
人生の仕組み<Mechanics of Life>について1週間学んだ。

欲求 DESIRE
あらゆる生命の基盤になっているのがDESIRE “欲求” 。日本語で欲求っていうとなんかいやなイメージがありますが、つまりは何かを欲することです。
望むこと or 意志と言ってもいいかもしれない。

サイエンスの話にも繋がっていて、原子がぐるぐる動き続けていること、それも動き続ける意志。
まずその意識の繰り返し、それが宇宙っていうと壮大すぎるけど、原子がぐるぐるぐるぐるバイブレーションして回転し続けるのと同じ、人も人の欲求<意志>も伝に動いて広がってる。

考えたこともなかったけど、考えれば当たり前で…
人間だけ宇宙の中で特別な存在だと、知らず知らずに思い込んでいたけど実際はあくまでも宇宙の一部。

もっと小さいスケールでいえば地球の一部。連動していて当然なんですよね…

欲する時、芽生える厄介者
「何かを欲する」と人はそこに意味や感情をくっつけて一緒くたにして捉えがち。
でもこれは本来は別々のものなんです。

例えば「これこれをしたい!」と思った時、これこれができないと自分はダメだ、とか、これこれをする事が素晴らしい事なんだ、っていう具合に意味とか正義とかとにかく色々な価値観をくっつけて、その価値観には感情もくっついていて、高揚感とか焦りとか、苛立ちとか、ワクワクとか。

でも欲することは=意味や感情ではない!

でもそんなこと初めて聞いたし、知った。

意味や感情というのはロジック(理論)から生まれる。理論は過去の経験則や未来の予測をする人間の脳に与えられた素晴らしい機能だけれど、これを使いこなせていないのが僕たち現代人。自分の脳の取説を読んでいないので脳の使い方をわかっていないのです。

だからこそこのコースを受けたんですが…

人間の脳の本質的機能は何か?
脳は広がるために(Expansion)、衝動性(Compulsiveness)を使う。

つまり人間の脳は衝動的に何かをしたがるのです。したがる理由は広がるためです。

広がるって?

それは知識を広げる(深める)、縄張りを広げる、そしてそれ以上に、物事の本質に迫りたいという欲求です。本当のことが知りたいんです、脳は。

本当のことっていうのは「正しいこと」ではなくて「真理」なんですがまぁそれはもっと後に書きます。

脳は欲します、常に自分の限界の外にひろがろう広がろうとする人間がまさにそう。
広がろうとするときに衝動性が作動してしまいがち。
つまり2つのことExpansionとCompulsivenessが歯車のように回ってしまうのです。
これをうまく手綱を引いてあげないといけないのですが、誰もそんなことは教わってきていません!

厄介なのはこの衝動性が発動することを僕らがなかなかコントロールできない時。

なぜ衝動性がいけないの?
いけなくはないんですが、衝動性っていうのはあらゆる動物に与えられた生存の機能。
生き延びるために自分と他者の間に境界線を引いて識別して、っていうことをやりたがる。
学者とか頭のいい人がやりたがる「知識・理論武装」がそれ。最近流行っている「論破する」なんてのはこの手の類でこれが衝動性。

これが結局人と人の対立の原因でもあるし、実は欲求・意志が広がろう広がろうとすることと真逆のことをやっちゃう。広がろうとする欲求はあらゆる未知を体験したいと思う、一つになりたいと思う融合して溶け合っていく作用なんですけど、衝動性は融合の逆、識別、なんです。

知識に固執してきた
Expansionを誤った捉え方をしているのが人間でして、広げるや深めるを「知識」に絞っているんです。知識こそが人間が動物と違う人間の最大の武器だと思い込んでいるのです。

だから学校教育では今まで知識=記憶力、や応用力=過去のデータから算出される未来予想図ができる人間を評価しました。それが生み出した時代や産業もあったのですが、今それが終わろうとしています。

インターネット, AI, IOT。僕もネット番組を散々制作し、今はディスカバリーチャンネルでAIやIOTの番組を演出しているので肌で分かるのですが、記憶力や応用力はこれからの時代には機械がやてくれます。

人間は昔、体のおおきい力の強いものが強者・勝者になれた。時代は変わり、やがて戦略を立てられる頭脳派が世界を支配する強者になった。それが現代まで続いています。要は誰が「凄い・えらい・強い」かです。

そういえば余談ですが、以前NHKでやっていたサイエンスの番組ではそれが原因で人間の精子が薄くなり、生命力の強かった人間ではなく知性のある人間が強者になったために遺伝子レベルで人間が貧弱になってきているというものです。サイエンスで証明されつつある面白い現実です。現代の不妊の原因としてかなり問題視され始めている…

されこれからの時代、知識で強者になるという時代ではなくなります。知識はネットを調べればいくらでも出てきます。人間はExpansionという脳の特性を完全に誤解して知識を広げることだけを重視してきました。だからこそ知識がある人を尊敬し、ない人を馬鹿にするのです。それでは戦争も争いもなくなりません。

僕たちが幸せに暮らすこともできないわけです。そんな知識はいらない。
そういう風にようやく思えた今日この頃。

あなたはナイフを持つか?ナイフになるか?
コースの中でサドグル先生はこうおっしゃっていました。意訳ですけど。
例えばあなたが手にナイフを持っていたとします。あなたのナイフは知識です。でもそのナイフをどう使うかでナイフの価値は変わります。誰がそのナイフを使うんでしょうか?誰=知識ではないんです。

いつのまにか知識に人格が与えられて知識のある人が素晴らしい、となってしまいましたが、知識は人そのものではないんです。

つまり現代人はナイフが知識、知識が武器だと思っている。と同時にナイフそのものが自分自身であるかのように錯覚をしている。その理由は知識、経験値とそこから算出される未来予測能力が絶対であると思い込んでいるからなのですが、先ほどのネットの話ではないのですが、人間の過去の知識と経験なんぞ、そもそもたかが知れているし、それにすがることは不毛である。

知識に固執すると感情的になる
さらに、すがればすがりつくほど、そこには感情というもう一つ厄介なものがくっついてまるで自分の信念や価値観になってしまう。そうなるとそれ以外のものを受け入れようとしなくなるのです。

まず人間の脳の中に溜まっていく知識は自分自身ではなく、別人格として捉える必要があります。

脳は脳でしかなく、知識は知識でしかない。
それをごっちゃにしないためのトレーニングとしてヨーガや瞑想がかなり良い。

実際に始めたら信じられないほど自分が変わった・・・

日本だと座禅とか祈りがそれに近いものですね。ここではあまり深く描かないですが、これは宗教とかスピリチュアル系の話ではないくかなりサイエンスです。僕自身宗教やスピリチュアル系にはまっている人ではないのです。

もし僕がナイフという知識を切り離して物事の真理を理解できたならナイフの使い方を誤ることはない。

たいていの人はナイフを誤って使う。なぜならナイフ自身が自分の脳、つまり自分自身であると勘違いし自分を攻撃するんです。

何か大変なこと、辛いことがあると落ち込んで自虐的になるのはそのためです。脳から発せられる衝動的 Compulsivenessな信号を間に受けて落ち込むのです。脳からの信号を真に受けてはいけないんです。

脳はアンプ
人は悲しみSadness 痛みPain 苦しみSufferingを一緒くたに考えてしまうんですが、3つは全く別のものです。僕もそれに気がつかなかった!

悲しみには慈愛や意識の深さにも現れます。痛みは身体的苦痛を脳が信号として送る、生存には必要な動物的機能。苦しみは脳が増幅させた妄想です。苦しみは人の脳内で生成されてその人自身を苦しめる。

仕組みは簡単、苦しみは自分があるひどい体験をした(と思い込むこと)から始まります。
思い込むとは、衝動的に過去の知識や、そこから算出される未来予想を描いて何倍にも増幅させたイメージです。意味づけや価値観を決めつけて、優劣や区別をつけて初めて自分が今ひどい状態なんだと思い込み苦しむのです。

これについてはアドラーの心理学にも非常に近い。トラウマは存在しない、とするアドラー的な脳の捉え方です。トラウマというのは脳の想像の産物であり実在はしない、というのです。

簡単な例でいうと、同じ旅行先のホテルでの滞在経験を話す2人組がいたとします。Aさんは受付の接客態度が最悪でいやな思いをしたことを思い出します。Bさんは受付の人が疲れてたんじゃないか?程度にしか思っていません。こういった経験はありませんか?解釈が全然違うのでその時経験した感情が全然違うんです。

アドラーの心理学の話をするつもりはありませんでしたが、重要なのは、トラウマは正確には(医学的に)傷そのものではない、とする意見です。トラウマイコール傷にするということは、トラウマを抱えた被害者はその後永久に回復することが望めない、という見解になる。しかし経験を「本人がどう解釈するか?」でそれが変わるということです。簡単に書いているように聞こえていますが、もちろんそれは簡単なことではないですし、被害者からすれば想像を絶する苦痛であるわけで、ここで書いているように簡単ではないのですが・・・

別の例で言うと教育です。人は教育によって変わるのか?犯罪者が厚生できるのか?です。これについては様々な研究者が奮闘しておりますが、現状のサイエンスでは、難しいが可能だ、ということになっています。それが教育制度をある程度支えていると言ってもいいかもしれません。脳の手綱をしっかりと人間が引く事ができれば、同じ体験でも全く違う解釈が出来る、という事がわかっているからです。

脳に支配されている人、脳を真に受けて脳イコール自分自身だ、と思い込んでいる人は、永久に脳の言いなりになります。

脳は外的要因に反応していくので永久にあなたの人生は外的要因に左右されたママです。

人間は10年前の出来事で腹を立てたり悲しんだりすることができます。
それはまさに過去の記憶という知識を使って、想像し(妄想し)、悲しさを増幅させているからです。
同じように5年後の自分を想像して(過去のデータから算出した未来)悩んだり、不安になったりします。

この脳の特性を理解し、しっかり手綱を握って操縦してやるということです。

原子の話をしましたが原子も常に動いています。エネルギーの塊です。つまり人間はエネルギーの塊です。
そのエネルギーをなぜ人間が持っているのか?答えは見えています。そのエネルギーを使うためです。

エネルギーを使うためのノウハウはいりません。ノウハウはすべて体に備わっています。それが自然であり、人間はその自然そのもの、その一部である、ということを忘れかけている。

至福と幸せの違い
ヴェーダの教えには面白いことがあります。
幸せはHappyと言ってもいいかもしれません。何か嬉しいこと、外的欲求が満たされると(過去の経験とそこから来る未来予想能力で)Happyになります。過去の経験と未来予想から人間は好き嫌いを判別します。その判別をした時に自分に合うものだけがHAPPYに感じるのです。

これでは世の中のほとんどの出来事や人はあなたの価値観にあっていないわけですから、HAPPYな瞬間はほとんどやってこない。あったとしても瞬間的な快楽で終わってしまいます。それは決して悪いことではなく、それはそれです。

至福とはそれとは違い、内から溢れるものです。そういう生き方を人間は欲していますが、知識が邪魔をしている状態が起こっています。至福は外的要因とは一切関係なく内側に生まれます。それができたら凄い!

知識は過去の経験と未来予想能力を駆使して個人の好き嫌いを作っていきます。これをDevided (物事を区別して考える)という現象を引き起こし、何でもかんでも好き嫌いや合う合わないで判断します。とても短絡的で自分が痛い目にあう確率が圧倒的に高いんです。なぜなら世の中は多様な要素で成り立っているからです。

DIVIDED とONENESS
至福とは常に内側から溢れるもの。これって誰しもが偶然に経験しています。

何か内側からわけもわからず溢れる温かい思い。感謝の思いなど。その時のあなたはすごく至福を感じているはず。僕もそういう経験があります。

その時って自分と他者はDivided区別していません。まるで自分ごとのように置き換えて感じているはず。

つまりDividedの逆はOneness・一つになるのです。

人は区別をやめると一つになろうとします。一つになる、自分ごとになる。

人間はエネルギーそのものです。エネルギーを使うためです。エネルギーを Divided(区別・差別) に使うのをやめた時が自分の新しい可能性です。

いくらシャープなナイフを研いで手に持って見ても、そのナイフ(知識)には限界があります。ナイフを持っている当人を深め、当人のエネルギーそのものを活用する必要がある!

初日ですでにかなりお腹いっぱい!
お茶でも飲んでゆっくりリラックス休憩してください。

続く