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今と向き合えないから苦しむ Day4 < 現実逃避>

どうしても知識に頼ってしまうのは人間の「サバイバル・生存本能」だと言うことがわかってきました。
生存するために物事を区別したり差別したりする。それはそれなりに機能と役割がある。

しかし人間にはそれ以上に大きいポテンシャルがある。それがインテリジェンス・知性。

インテリジェンス・知性は、サバイバル・知識と特に違った部分が、過去の記憶に頼らないところだそうです。インテリジェンスは記憶力ではないと言うことです。

インテリジェンスはコアを実感として感じ、理解すること、そこには「ACCEPTANCE・受け入れ」の気持ちが必然的に芽生えます。そして「UNIFY・一つになる」と言う意識が生まれます。

自分自身もそうですが、人と会話をしたり関わったりする時に、自分や他者をどうやって自分自身が見ているか?これが大事。

自分、または他者はもしかするとサバイバル本能、衝動的な生き方をしている可能性があります。それはその人間がまだ自分自身が生きている本質的な領域に到達していないことを示します。

僕は以前人付き合いでうまくいかない時や、人が自分を攻撃する時に、それはその人間が僕に向けて何かを発信している、と解釈し、それによって相手を判断していました。僕自身がサバイバル本能で相手や自分を見ていたからです。

でも実際は自分も相手も衝動的、受動的な選択、解釈をしていただけです。
悪意があると感じた相手はもしかすると、その人間本人ではなく、その人間が過去の体験から衝動的に行動していることを理解していなかったのです。その人間自体はどこか別のところにちゃんと存在しているのですがその人間自身がそれを理解していない。

つまり、自分自身とは意識そのもので、自分自身は脳みそではないんです。自分が脳を如何に使いこなすかが重要であるはずなのにいつしか人間は脳=自分、だと勘違いを起こして、脳の発信する感情や価値観こそが自分自身なのだと思い込み人や自分を区別し、差別し、戦っているんです。

意識を深めると言うことは、ONENESS、UNION、つまり一つになるとう事ですが、それはどう言う意味なのか?簡単にまとめて見ました。

僕たちは自分自身の意識が自分であるか、または自分の脳が自分であるか、どちらかだったとしても、「現実・リアリティ」と言うものを常に感じて、そこに重要性をおきます。

でもリアリティには「EXPERIENTIAL REALITY」と「MIND REALITY」つまり体験としての現実と脳みそが考える現実、がります。

脳みそは過去の経験則から「これが今起こっている現実だ!」とかなり偏った物の見方を押し付けてきます。
すぐに判断を煽ります。

しかし体験としての現実とは、「今この瞬間!が避けられない今なんだ」と言うことを感じると言うことです。このことを考えた瞬間にそれはすでに過去であり、今をその瞬間瞬間感じることです。それが生きているすべてであると言うことを受け入れる状態を作るのです。それを実感するためにヨガや瞑想があると言うことなんですね。

痛み、苦しみ

痛み「PAIN」は肉体的な痛みというのがあります。怪我や事故、病気で体の一部が損傷したりすることです。この時感じる痛みは脳からでる信号でサバイバル本能に直結しています。生存するためには必要な機能です。瞬時に衝動的に信号を送ります。

しかし現代人のほとんどがこの「PAIN・痛み」と「SUFFERING・苦痛」を混同しています。
そして多くの現代人が抱える問題は後者の「SUFFERING」です。そしてこのSUFFERINGが継続的に続くことで病気になり「PAIN」につながっていきます。

SUFFERINGは人間の過去の経験かた記憶を元に価値観を定義してその価値観にそぐわないものが出た時に苦しみとなります。トラウマという言い方をする方がいると思いますが、それは脳が過去の記憶から導き出した結論をあなたに押し付けているのです。

こういうことに左右されないためにヨガや瞑想があります。「自分自身・意識」と「自分の脳・過去の体験」をしっかり別のものとして認識できるようになれば、自分自身は自分の脳に一喜一憂する必要は無くなります。

多くの人が「周囲の環境によって一喜一憂してしまう」それは周囲に起こった出来事を自分の過去の記憶から判断し意味づけをしてしまうからです。これは受動的で受け身です。常に外的環境に支配された生き方です。

「自分は自分、人は人」または「自分は自分、自分の脳は別」 と思えるようになると受動的な視点から一脱することができるのではないでしょうか。

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